アウトプット日記

読んだ本、文献、作業療法に関する勉強会・研修会のまとめ。個人的な。

『ペイン・リハビリテーションを生きて』

 

ペイン・リハビリテーションを生きて

ペイン・リハビリテーションを生きて

 

 平成26年2月9日 読了

 

まとめ:

1.痛みは患者本人の経験であり、器質的な損傷がない場合にも、脳内で自動的に生じることが医学的に明らかになっていることを知る。

2.痛みを発生する器質的・機能的な問題の有無をチェックアウトすることが大前提であること。器質的な損傷、機能障害を見逃さない。

3.痛みが脳内で処理されるのであれば、脳内の処理経路の問題を意識する必要があること。

4.脳は可塑的であること。

5.脳の可塑性を決定づけるのは、注意と意識、誤差学習であること。

6.セラピストは対象者の脳内ネットワークの再編を起こすことができること。

 

目次:

プロローグ

第1部 経験

 第1章 私の経験したペイン

 第2章 [対話]リハビリテーションを振り返って

第2部 学術

 第3章 痛みの基礎科学と臨床との接点

 第4章 患者との対話のために

 第5章 臨床を創る

[寄稿]CRPSと向き合う

    〜患者を支えるペインクリニックとリハビリテーションのコラボレーション

エピローグ

 

キーワード:

 意味のない痛みなんか、無い

 

 「痛み」は孤独です。

 

 患者さんがどんなリハビリの現場に出会うかということに本当は幸運、不運なんてあっちゃだめなんです。たぶんリハビリテーションで扱うことって、人生とか経験によって個別性の高い、とても難しい人間の問題に対面しているわけだから、知識とか技術が自動化しちゃいけないんです。それは頭で考えればわかることかもしれないけど、新しい知識を常にアップデートして、治療を医学的な意味でもブラッシュアップすると同時に、目の前にいる人は「人間」であるという社会的な意味や、個人の経験を大切にする姿勢が大事なんだろうと思います。ただ、実際に行動しようという強い意志がないと幸運と不運は続いちゃうでしょうけど… p82

 

ペイン・リハビリテーションの実践に向けて

【ポイント】

1.痛みは患者本人の経験であり、器質的な損傷がない場合にも、脳内で自動的に生じることが医学的に明らかになっていることを知る。

2.痛みを発生する器質的・機能的な問題の有無をチェックアウトすることが大前提であること。器質的な損傷、機能障害を見逃さない。

3.痛みが脳内で処理されるのであれば、脳内の処理経路の問題を意識する必要があること。

4.脳は可塑的であること。

5.脳の可塑性を決定づけるのは、注意と意識、誤差学習であること。

6.セラピストは対象者の脳内ネットワークの再編を起こすことができること。 p89

 

痛みの可塑性:不活動と痛み

 CRPSや脳血管障害後の肩の痛みなどにおいて、近年、高次の運動機能異常が増えている。CRPS患者には多くみられるのが神経学的な無視様症状(neglect-like symptoms)である。この無視様症状は脳血管障害患者にみられる身体や空間の認知障害と同様の現象であり、患肢が「自分の手足ではない」ように感じる「認知無視(cognitive neglect)」と患肢を動かそうとすることに強い心理的・視覚的な注意を要する「運動認知(motor neglect)」がある。本来自分の手足が自分のものとして感じられる「身体所有感」や「運動主体感」は視覚と体性感覚が時間的空間的に同期することや、運動以前の意識的な意図と予測の結果から生成されることがわかっている。CRPSなどの難治性疼痛患者については、この後に述べる情報の不整合、知覚運動協応の異常との関わりが示唆されていることから考えても、「動かしたくても動かせない」「どうやって動かしてよいのかわからない」「自分の手ではないみたい」という現象の整理と、アプローチが必要なのである。 p110

 

知覚・運動協応

 私たちの脳には各種の情報を基に「環境を知り、変化させる」ために感覚と運動を連携し、行為をプログラミングする機構「知覚・運動協応(Sensory-motor Integration)」があると考えられている。Harrisらが1999年に提唱した仮説では、この知覚・運動協応や脳における各種感覚情報の統合の破綻が病的痛みを引き起こすとしている。特に、病的痛みが存在するとき、視覚と体性感覚のマッチングの問題や異種感覚統合に問題を生じていることが報告されている。 p111

 

痛みの再解釈(reappraisal)による鎮痛

 痛みは経験であるがゆえに、過去の経験や文化的背景により修飾を受ける。つまり、痛みという現象について患者自身の「解釈」というものが生じる。たとえば、筋力トレーニングを行ったスポーツ選手が翌日に筋痛を感じれば、「トレーニングがしっかりできた」と充実感を感じるかもしれないが、運動療法をはじめて行った高齢者が翌日筋痛を感じれば「運動して体を痛めた。気をつけなければ」と感じるかもしれない。同じ「遅発性筋痛」という現象に対しても、置かれている立場や解釈によってポジティブにもネガティブにも解釈される。

 このように刺激に対してどのように意味づけするかを「解釈」といい、この解釈の観点を変更することを「再解釈(reappraisal)」という。この再解釈は本来心理学の分野で多く用いられてきたが、Ochsnerらはいくつかの研究から、脳機能としてポジティブな再解釈には外側前頭前野が、ネガティブな再解釈には内側前頭前野の活動が関与するとしている。Wagerらの実験では、これから生じることにポジティブな解釈をするように指示した後に不快な写真を観察させると、外側前頭前野側坐核に対して促進的に働き、扁桃体に対して抑制的に働くことにより不快な情動が抑制されたことを示している。その他の研究では、ノセボ効果についてネガティブな解釈をする者ほど痛み関連領野の活動を高めることもわかっており、事象に対するネガティブな解釈が痛みそのものを増大させる可能性を示している。 p117

 

患者と話すために

 リハビリテーションを進めるにあたって、どのような時期に何を配慮するべきなのであろうか。おそらくは、患者との信頼が形成されるまでの時期、つまり初診から数回のセッションまでが非常に重要であると考える。この時期にセラピストがすべきことは痛みの経験を「問う」ことではなく、患者のこれまでの行動をまず受け止めることである。

 

 とかく私たちは、「障害や現象を回復させること」に終始し、それに必要な情報を聴取(尋問)してしまうことが多い。もちろんそれはいずれ重要になることではあるが、最初にすべきことではない。信頼関係の構築が安心を呼び、その安心は痛みという現象を和らげる可能性があるということも証明されており、それこそ私たちがまず意識すべきことであろう。 p124

 

認知神経リハビリテーションにおける痛みの解釈と仮説

1.痛みは身体の受容表面としての機能の変質が表出されたものと考える。

2.身体は複数の情報源からの情報の総体として知覚される。

3.「情報統合」のための情報源が損傷によって変質をきたし、損傷した組織から獲得される情報と他の部位からの情報に整合性がないために、その情報は信頼できないものとなる。

4.中枢神経系はそのような情報を「消去」しようとし、情報の消去により中枢神経系の不整合性のエラーとしての痛みが生じる。

 

 Perfettiは、痛みの成因について次のようにも述べている。

「人は痛みがあるゆえに身体を知覚できないのではなく、身体を正しく知覚できないがゆえに痛みが生じるのである」 p142

 

適切な行為のレシピ

 私たちが行為を行う際には、必ず運動イメージが想起される。運動イメージは、運動実行を伴わない心的な運動の表象であるとされており、運動イメージの想起には多くの脳領域が関わっていることがすでに知られている。運動イメージは、あたかも自分が運動を行っているような筋感覚的運動イメージ(kinesthetic image)と他者が運動を行っているのを見ているような視覚的運動イメージ(visual motor image)に分けられ、前者を一人称的運動イメージ、後者を三人称的運動イメージと称する。

 

 これらの運動イメージは個々の身体イメージ、身体図式に大きく影響される。そして身体イメージや身体図式は下頭頂小葉などを中心とした頭頂連合野でさまざまな体性感覚情報が集約されることにより成立されることを考えると、その個々の体性感覚情報が正しく収集されているかどうかを評価することが重要ではないかと考えられる。つまり、人間の行為が生み出されるために必要な素材は、個々の身体図式を基に生み出された運動イメージであり、その根本が感覚運動情報であるということである。

 ゆえに私たちは、患者が環境情報を、身体を使って「どのように感じているか」を患者の言語などから探ることが必要になるのである。 p145

 

メタファーの解釈

患者のメタファーを解釈する手続き

1.患者のメタファーと病理(痛み)や身体との類似性を探る。

2.選択されたメタファーのもつ特異性(特徴)を探る。

3.患者の表現したメタファーの類似性や特異性と医学的要素の接点を見出す。

  特に本人の中で欠落している感覚運動情報は何かという視点で検討する。 p150

 

痛みの患者を知るための観察

 私たちが患者を診る際には、身体表面から観察しうる患者の状況を確認する「外部観察」と患者の痛みの性質や特徴、知覚処理能力の異常や自己の身体感覚などを確認する「内部観察」が必要である。

 

 私たちリハビリテーション・セラピストが痛みの患者と向き合う際には、身体表面から収集しうる情報では不十分であり、患者の身体内部に表象されている痛みや身体そのものについて確認をすることが重要なのである。なぜならば、痛みは常に患者の経験として脳内で認知されるものであると同時に、行為の背景には必ず認知過程が隠れているからである。そして、認知過程が患者の運動学習を進めるうえでも重要であることもその一因である。 p153

 

観察の視点と方法

直接的な観察

準備的観察

 痛みの患者の評価観察にあたり、まず患者のアウトラインを知っておくことが重要である。そもそもどのような経緯で痛みが発生したのか、どのような出来事が起点となったのかを面接や診療情報から確認しておく。またこの経緯については患者本人からしっかりと説明を受けることが重要である。

 

 痛みに対する思考や心理的な評価のための定性的な評価方法も多数あるが、初期からこのような心理的評価などを用いることは患者にとっては痛みの発生要因が「心理的な要因」ではないかと医療者が捉えていると感じやすく、不信感に繋がりやすい。専門家として痛みと情動が切り離せない関係にあることや痛みの遷延には心理的要因が関わっていることは十分理解できていても、専門的な知識のない患者にとっては心理的な要因を「気の持ちよう」ないし「あなた自身のせい」と感じてしまいがちである。これは、ある意味正解ではあるが、ある意味では誤っている。自身の捉え方やストレスが痛みに悪影響を及ぼすことを患者自身が心から理解し、コーピング・ストラテジー(対処方法)に繋げることができるように無意識に誘導することが私たちにとって非常に重要であるが、「あなたの気の持ちようだから、あなた自身でどうにかしなさい」といったように医療者から匙を投げられたと捉えられることも少なくない。このような場合には、医療者と患者の間に齟齬が生じ、良い信頼関係を築くことはできない。心理的な要因が患者自身に影響を及ぼすことについて正しい知識を伝え、患者自身がそのことを理解すると同時に、その心理的対応の難しさ、苦難について医療者が理解をする必要がある。コーピング・ストラテジーの獲得も含めて、「ともに向き合う」姿勢が求められる。 p155

 

痛みの認知的側面に対するリハビリテーション

Key point

・運動と知覚は不可分であるということ

・情報の整合性がとれているかどうかを基点に考える

【優先順位】

1.体性感覚情報の細分化による身体図式の材料の構築

 アプローチ →【感覚野】

2.異種感覚情報(特に視覚と体性感覚)の合致による情報の統合能力の改善

 アプローチ →【上下頭頂小葉】BA5〜7 BA39〜40野

3.運動イメージの構築による遠心性コピーの改善

 アプローチ →【運動前野・補足運動野】

4.運動予測と結果の照合による一致

・情動系への配慮 p176

 

痛みの認知的側面に対するリハビリテーションの段階づけ

基本的な考え方

A:知覚の細分化

B:同種感覚の統合

C:異種感覚の統合

D:運動計画に関わる部位の活性化(運動イメージ) p177

 

訓練の難易度と報酬系

 報酬系には幾つかの系がるが、主な報酬系の回路にドーパミン回路がある。ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質であり運動調整や認知機能、ホルモン調整、感情、意欲、学習などに関わる。報酬系には中脳皮質辺縁ドーパミン系が関与するが、この報酬はある行動を経て得られるであろうという結果についての予測と実際の結果の誤差によって決定される。すなわち、行動を起こすときに得られると期待される報酬の量よりも行動の結果によって実際に得られて報酬の量が多ければ、その行動は強化される(正の強化)。これに対して、予測に対して実際の報酬が少なければその行動は弱化される。これらの予測誤差によってドーパミン回路の興奮の程度が決定され、この興奮度合いによって行動を起こす神経伝達効率が上昇するのである。

 

 リハビリテーションにおいても、目標を細分化したり、課題の難易度を調節することによる成功体験の繰り返しなどによって正の報酬系が活性化するように環境設定することが望まれる。このような正の強化が自己効力感を高め、痛みの恐怖回避モデルからの脱却に繋がるものと考える。 p178

 

 

アクションプラン:

患者さんのメタファーを解釈する